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おめでとうございます!豌豆まめ丸氏による描き下ろしイラストと、朝比奈夏樹氏による書き下ろしSSをお届け!皆様、ご参加いただき、誠にありがとうございました!

「そういえば、旭はどうして私に髪紐をくれたの?」
ある日の晩、彼女と自室で茶を飲んでいると、ふと思い出したように尋ねられた。
「——っ、どうして、とは?」
咳き込みそうになるのを、寸でのところでこらえて聞き返す。
「髪紐をくれたとき、誕生日とか何かお祝い事があったわけじゃなかったから……。ちょっと気になってたんだ」
彼女の言葉に、当時の記憶をたどる。
髪紐を買う前、俺は彼女が日向様といるのを偶然見ていた。
日向様のことは知っていたが、彼女からは犬の妖と聞いていて、人の形をとれると思っていなかったので、ひどく動揺したのを覚えている。
「自覚はありませんでしたが……あの頃から、あなたのことを特別に想っていたのです」
きっとどこかに、日向様を牽制したい気持ちがあったのだろう。
だから、まるで自分と揃いのような赤い紐を贈ったのだ。
彼女から視線をそらして、うつむきがちに言葉を続ける。
「俺は辰蔵様の式妖で、あなたとの未来はないと分かっていました。……ですが、あなたが他の誰かと結ばれることを思うと、とても苦しかった。あなたに、誰のものにもなってほしくなかったのです」
改めて口にすると、自分がいかに愚かだったか思い知らされる。
髪紐を贈ったのは、彼女のためなどではなかった。嫉妬に駆られて、自分を安心させるために贈ったのだ。
恐る恐る、顔を上げる。
「幻滅しましたか?」
「……ううん。少しも」
微笑んで、彼女が首を横に振る。
……とても身勝手なことを言っているのに、こんな簡単に許さないでほしい。
たがが外れて、ますます勝手な男になってしまいそうだ。
「あ、待って」
口付けようと顔を寄せると、肩を押して止められた。
「その……私から、してもいい?」
恥ずかしそうにしながら、彼女が聞く。まるで心臓を強く掴まれたような気がした。
いつもするのは自分からで、今まで彼女からしてもらったことはない。
「……はい」
思わず、生唾を飲んで頷く。
彼女は緊張した面持ちで、俺の方を向いて正座した。
「じゃあ、目閉じて」
促されて、言われた通り目を閉じる。
いつもより速い胸の鼓動を聞きながら、身じろぎもせず待った。
布の擦れる音がして、彼女の気配が近くなる。
「……………………」
まだだろうか……。
急かすような余裕のない真似はしたくないが、目を閉じているせいで状況が掴めなくて、どうにも落ち着かない。
彼女の顔が見たい。——早く、彼女に触れたい。
自分から触れられないことが、こんなにももどかしいものだとは思わなかった。
目を閉じてからずいぶんたっている気がするが、彼女が触れてくる気配はない。
——もう、限界だ。
たまらず目を開けると、鼻先が触れ合いそうな距離に彼女の顔があった。
目が合うなり、彼女は驚いたように素早く身を引く。
「あの……あまり、焦らさないでください」
「そ、そんなつもりは……」
真っ赤な顔で言って、彼女がうつむく。その頬にそっと手を伸ばした。
「……熱い」
呟くように言うと、彼女の頬がさらに熱くなる。
……少し前までは、ただ傍にいられれば、それだけで幸せだった。
それなのに、今は彼女が足りなくて、欲しくてたまらない。
こんなにも近くにいるのに。
彼女に触れるたびに、もっと触れたくて、自分が抑えきれなくなる。
自分の中にこんな感情があったなんて、知らなかった。
たまらなくなって彼女に顔を近付ける。すると、慌てたように両手で肩を押された。
「ま、待って。もうちょっとだけ、目閉じてて」
「ですが、もどかしくて……」
彼女が嫌がることはしたくないが、これ以上耐えるのは辛い。
進むことも、退くこともできず、そのままの体勢でうつむく。
すると、肩に乗せられていた彼女の手に、ふと力が込められた。反射的に顔を上げると、唇の端に柔らかなものが触れる。
「あ……」
至近距離にあった彼女の顔が、ぱっと離れる。
「旭が、急に動くから……!」
言いながら、手で口を隠すようにして視線をそらした。その顔は耳まで赤く染まっている。
どうしてこう、いちいち可愛らしいのだろう……。
彼女の手首を掴み、身を乗り出すと、指にそっとキスをした。
怯んだように、彼女の腕から力が抜ける。その隙に掴んだ手を下ろさせて口付けた。下唇に軽く歯を立てて、口を開かせる。
「ん……」
鼻にかかったような甘い声が聞こえて、頭の奥が痺れたように熱くなった。
……彼女のことが何よりも大切で、優しくしたいと思っている。
それなのに、時おり衝動のままに、自分の想いをぶつけてしまいたくなるのはなぜなのだろう。
しばらくして顔を離すと、彼女はくすぐったそうに小さく笑った。
愛おしさに、自然と頬が緩む。
彼女の髪を束ねた紐に触れると、透き通るような鈴の音がした。
上手く彼女を大事にできているのかと聞かれれば、自信はない。
自分の心さえままならなくて、迷うこともあれば、間違えることもある。
——だが、この笑顔だけは、何があっても失わないように守っていきたい。
鈴を指先で掬って顔を寄せると、誓うように口付けた。

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