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物語

「お迎えにあがりました。瑞希お嬢様」
木南 瑞希
「どうして、私の名前を……?」

それに、迎えにきたって……どういうことだろう。

木南 瑞希
「あなたは誰?」
「俺はお嬢様のおじい様の家で働いている者で
旭といいます」
木南 瑞希
「祖父の……?
それは、母方のですか?」
「いえ、お嬢様のお父様の父に当たる方です」
木南 瑞希
「お父さんの……」

お父さんのことは、
亡くなっているということ以外
よく知らなかった。

お母さんがお父さんについて
あまり語りたがらず、私も無理に聞こうとは
しなかったからだ。

だから、まさか父方の祖父の家の人だなんて
思わなかった。

「お嬢様のおじい様……南条辰蔵様は、
お身体の調子が悪く、このたびお嬢様のお迎えに
くることがかないませんでした」
「ですが、辰蔵様はあなたがお母様を
亡くされたと聞いて、ぜひあなたを
引き取りたいとおっしゃっています」
「一度、辰蔵様のいらっしゃる雨月村へ
お越しいただき、辰蔵様にお会いして
いただけないでしょうか」

……雨月村。
聞いたことのない地名だ。

妖——旭さんは、私の返事を待つように、
跪いたまま微動だにしない。

どうしたらいいんだろう。

初めて聞く祖父の存在。

突然現れた、これから祖父の家で
暮らしていくという選択肢。

頭の中が混乱して、整理がつかない。
葵くんは目の前のしいたけを睨み、
食べるか否か葛藤しているようだった。
心の中で、頑張れと
エールを送っていると……。
仁科 葵
「……う……」
顔をしかめながらもしいたけを口に入れ、
お茶で一気に流し込んだ。
仁科 葵
「兄ちゃん、たべた」
仁科 直
「よし、偉い」
仁科先輩が微笑んで葵くんの頭を撫でる。
……こんな顔もするんだ。
出会ってから、冷めたような表情
ばかり見ていたから、
なんというか……少し、意外だった。
沢木 宋太
「あ、市丸さん。
お茶つぎましょうか?」
市 丸
「……ああ」
宋太くんの言葉に、市丸さんが
コップを差し出す。
みんなで食べる食事は、
和気あいあいという雰囲気とは
少し違うけれど…
ちょっとしたところで
あたたかさを感じて、心がほっとした。
これから、みんなと
うまくやっていけたらいいな。
そう思いながら、
私はカレイの煮つけの最後の一かけらを
口に入れた。
仁科 直
「……そうやって、
無理して隠そうとするなよ」
少し乱暴な手つきで、先輩が私の頭を撫でる。

仁科 直
「まだ、母親がいなくなって
そんなに経ってねえだろ。
泣いたって、誰もお前を責めたりしねえよ」

仁科 直
「こんなときまで、物分かりいいふりなんて
しなくていいんだ」
仁科先輩の声は、いつものように
素っ気なかった。

けれど、その言葉はどこまでも優しくて……
涙が止まらなくなる。
……お通夜の前、棺に入れられた
お母さんに約束したのに。
もう泣かないって。
お母さんがいなくても、ちゃんと一人で
頑張ってみせるって。
だから、安心していいよって、
約束したのに。

仁科 直
「母親のこと……好きだったんだろ」
仁科 直
「急にいなくなって、
納得できなくても当然だし、
ましてや平気なわけねえだろ」
木南 瑞希
「……でも、こんな……」
こんな、責めるみたいな気持ち
おかしい。
お母さんは、何も悪くないのに。

仁科 直
「……それでいいんだよ。
何も、間違ってなんかねえよ」
仁科先輩は、ゆっくりと
言い聞かせるように言った。
胸の奥に押し込んでいたものが
溢れて、込み上げてくる。
沢木 宋太
「…………」
月明かりの照らす部屋の中、
ピアノを弾いていたのは宋太くんだった。
その横顔は、いつもの明るい笑顔からは
想像できないくらい真剣で、それでいて
どこか痛みを堪えているかのようにも見えた。
思わず、小さく息をのむ。
見てはいけないものを
見てしまったような気がして
胸がざわついた。
……気付かれてしまう前に、
この場を離れた方がいい。
そう思うけれど、私の足は床に貼り付いて
しまったかのように動かない。
私は声をかけることも、立ち去ることもできず
部屋の前に立ち尽くしたまま
宋太くんの演奏を聴いた。
クラシックは詳しくはないけれど
この曲は、聴いたことがある。
確かショパンの
『雨だれ』という曲だったはず。
宋太くんの弾くピアノは、
静かに語りかけているような、
優しい音色で……
けれど、そこには深い悲しみが
含まれているように感じた。
途中から曲調が変わり、
不安をかき立てるような
重く暗いメロディーが続く。
宋太くんの表情も
苦しげなものになり、
見ている私まで息苦しくなった。
……もうちょっと。
もうちょっとだけ、頑張って。
心の中で線香花火にエールを
送っていると、先に市丸さんの
花火が消えた。
木南 瑞希
「やった……!」
思わず声に出して喜ぶ。
すると……
市丸
「……」
隣で市丸さんが、
微かに笑ったような気がした。
木南 瑞希
「市丸さん、今……」
市丸
「もう一回勝負するぞ」
市丸さんは、
袋から新しい線香花火を取り出す。
その顔はいつも通りの無表情だ。
けれど……もしかして、
この勝負は私に元気を出させるために
気を遣って提案してくれていたのだろうか。
市丸さんの優しさが嬉しくて、
自然と私の顔にも笑みが浮かぶ。
雨の中、三人で手を繋いで
屋敷までの道を歩く。
仁科 葵
「……まえの、
かみかくしのときみたい」
葵くんの言葉に、以前神隠し事件で
私がおとり役をしたときのことを思い出す。
神隠しされてしまわないようにと
あのときは私が真ん中に立って
二人に手を繋いでもらっていた。
仁科 直
「そういえば、そんなこともあったな」
仁科 葵
「でもきょうは、おれが真ん中」
木南 瑞希
「そうだね。
どう? 真ん中」
仁科 葵
「真ん中、たのしい」
葵くんはそう言って、
強く地面を蹴った。
仁科 直
「あ、馬鹿、泥散らすなよ」
仁科 葵
「見て、すごいどろとんだ」
仁科 直
「聞いてねえし……」
そう言いながらも、
仁科先輩は仕方なさそうに笑う。
そんな二人の様子が微笑ましくて
つい私まで笑顔になってしまう。
宋太くんの言葉を一言も聞き漏らさないよう、
目を閉じて耳を傾ける。
沢木 宋太
「……一番に、愛してほしいなんて
思ってなかった」
沢木 宋太
「そんなことは望んでなくて、
ただ、認めてほしかっただけなんだ」
沢木 宋太
「俺のこと……俺の人生」
木南 瑞希
「…………うん」
それは、とてもささやかな願いで。
けれど宋太くんがそれを手に入れるのは、
とても困難で。
私はこうして話を聞くことしかできない。
夕焼け色に染まった村の中を、
二人で手を繋いで歩く。
その間、私はずっと
涙が溢れてしまいそうだった。
それは、疑われたことが
悲しかったからではなく……
私のために怒ってくれた
市丸さんの気持ちが、
優しくてあたたかかったから。
市丸
「……お前はいつまで経っても
懲りないな」
前を向いたまま、市丸さんが言う。
市丸
「深入りしても……傷付くだけだと、
もう分かっているだろう」
市丸さんが何度も私に言った
深入りするなという言葉。
その言葉の先を、初めて聞いた。
……市丸さんも、もしかして
これまで何度も傷付いてきたのだろうか。
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